スパッタリングターゲットは、半導体や電子デバイスの製造において欠かせない重要な電子材料です。本記事では、最新のニュースから市場動向、種類、用途まで、スパッタリングターゲットに関する包括的な情報を提供します。エンジニアの皆様にとって、業界の最新トレンドを把握し、技術革新に役立つ内容となっています。
スパッタリングターゲットに関する最新ニュース
- 東ソー GaNスパッタリングターゲット材の製造開始
東ソーが2024年9月から山形県でGaNスパッタリングターゲット材の商業生産を開始しました。この新材料は、パワー半導体や高周波デバイスの製造において、低コスト化と省エネ化に貢献すると期待されています。GaNの高い電子移動度と広いバンドギャップを活かし、従来のSiデバイスを凌駕する性能を実現します。 - JX金属 米国アリゾナ州での新工場開所
JX金属が2024年11月に米国アリゾナ州で半導体用スパッタリングターゲットの新工場を開所しました。この新工場は、北米における先端事業分野の中心地として位置づけられています。最先端の5nm、3nmプロセスに対応した超高純度ターゲットの生産能力を強化し、グローバルサプライチェーンの強靭化に貢献します。 - 高純度銅スパッタリングターゲット市場の成長
2024年の高純度銅スパッタリングターゲットの世界市場規模は159百万米ドルと予測され、2025年から2031年にかけて年平均成長率(CAGR)7.2%で成長が見込まれています。5G通信やAI、IoTデバイスの普及に伴う高性能半導体の需要増加が、市場拡大の主要因となっています。
スパッタリングターゲットとは?
スパッタリングの基本原理
スパッタリングは、真空チャンバー内でアルゴンなどの不活性ガスをプラズマ化し、生成されたイオンをターゲット材料に高エネルギーで衝突させ、はじき出された原子を基板上に堆積させて薄膜を形成する物理蒸着(PVD)技術です。この過程では、イオン化エネルギー、ガス圧、基板温度などの精密な制御が必要です。
ターゲットの役割と構造
スパッタリングターゲットは、この過程で原子を供給する材料源として機能します。高純度の金属、セラミック、合金などで作られ、通常は円盤状や長方形の形状を持ちます。ターゲットの背面には冷却機構が設けられ、スパッタリング中の熱管理を行います。また、磁場を利用したマグネトロンスパッタリングでは、ターゲット背面に強力な磁石が配置されています。
スパッタリング法の利点と課題
スパッタリング法は、大面積の均一な薄膜形成が可能で、様々な材料に適用できる versatile な技術です。また、低温プロセスであるため、基板へのダメージが少ないという利点があります。さらに、合金や化合物の組成制御が容易で、反応性スパッタリングによる窒化物や酸化物の形成も可能です。一方で、成膜速度が比較的遅いこと、ターゲットの利用効率が低いことなどが課題として挙げられます。これらの課題に対しては、HiPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)などの新技術開発が進められています。
スパッタリングターゲットの市場規模
世界市場の現状
2023年の半導体用スパッタリングターゲットの世界市場規模は、1631.7百万米ドルと推定されています。この市場は、半導体産業の成長と密接に関連しており、特に先端ロジックやメモリデバイスの製造に不可欠な材料として需要が高まっています。
成長予測と市場動向
2024年から2030年にかけて、年間平均成長率(CAGR)5.4%で成長し、2030年には2368.2百万米ドルに達すると予測されています。この成長を牽引する要因として、5G通信インフラの整備、AIチップの需要増加、自動車の電動化・自動運転化に伴う半導体需要の拡大が挙げられます。特に、EUV(極端紫外線)リソグラフィ用の反射ミラーに使用される多層膜スパッタリングターゲットの需要が急増しています。
地域別市場動向と技術トレンド
北米地域が市場シェアを独占していますが、アジア太平洋地域、特に台湾、韓国、中国が最も高い成長率を示すと予想されています。技術面では、ナノ結晶構造を持つターゲットや、高エントロピー合金(HEA)ターゲットなど、新材料の開発が進んでいます。また、ターゲットの使用効率を向上させるための回転カソード技術や、均一性を高めるためのグレーデッドターゲットなど、製造プロセスの革新も進んでいます。
スパッタリングターゲットの種類
金属系ターゲット
アルミニウム、銅、チタン、タングステン、モリブデン、コバルト、ニッケルなどの純金属や、CuAl、TiW、NiFe(パーマロイ)などの合金が使用されます。半導体の配線、拡散バリア層、ゲート電極、磁性膜などの形成に広く用いられています。特に、銅ターゲットは、先端ロジックデバイスの多層配線形成に不可欠です。また、高純度アルミニウムターゲットは、OLED(有機EL)ディスプレイの電極材料として重要性が増しています。
セラミック系ターゲット
酸化物(ITO、ZnO、Al2O3、SiO2など)や窒化物(AlN、TiN、Si3N4など)が主に使用されます。透明導電膜、絶縁膜、ハードコーティング、光学薄膜の形成に適しています。特に、ITO(インジウムスズ酸化物)ターゲットは、タッチパネルやディスプレイの透明電極形成に広く使用されています。最近では、インジウムの代替として、AZO(アルミニウムドープ酸化亜鉛)ターゲットの開発も進んでいます。
化合物系ターゲット
シリサイド(WSi2、MoSi2、TiSi2など)や硫化物(MoS2、WS2など)、ホウ化物(TiB2、ZrB2など)が含まれます。特殊な機能性薄膜の形成に使用されます。例えば、WSi2は半導体デバイスのゲート電極やショットキーバリアダイオードに、MoS2は固体潤滑膜や二次元材料の形成に用いられます。最近では、相変化メモリ(PCM)用のGeSbTeターゲットや、CIGS太陽電池用のCu(In,Ga)Se2ターゲットなど、新しい化合物ターゲットの開発も進んでいます。
スパッタリングターゲットの主な用途
半導体デバイス製造
配線材料(Cu、Al)、拡散バリア層(Ta、TaN、TiN)、ゲート電極(W、WSi2)、キャパシタ電極(Pt、Ru)などの形成に使用されます。高純度の金属ターゲットが主に用いられ、不純物濃度はppbレベルで管理されています。最先端のロジックデバイスでは、コバルトを用いたバリアシード層や、ルテニウムを用いたライナー層など、新しい材料システムの導入も進んでいます。また、MRAM(磁気抵抗メモリ)の製造では、CoFeB、PtMn、IrMnなどの磁性材料ターゲットが重要な役割を果たしています。
ディスプレイ製造
ITO(インジウムスズ酸化物)ターゲットを使用した透明導電膜の形成が代表的です。有機ELディスプレイの電極にも使用されます。最近では、フレキシブルディスプレイ向けに、ITOの代替材料としてAg合金やCu合金ターゲットの開発も進んでいます。また、量子ドットディスプレイ(QLED)の製造では、ZnSe、CdSなどの化合物半導体ターゲットが使用されています。
光学コーティング
反射防止膜や光学フィルターの製造に使用されます。SiO2、TiO2、Ta2O5、Nb2O5などの酸化物ターゲットや、Si3N4、AlNなどの窒化物ターゲットが主に用いられます。多層膜干渉フィルターの製造では、これらの材料を交互に積層することで、特定の波長を選択的に透過または反射させる高性能な光学素子を作製します。また、EUVリソグラフィ用の多層膜ミラーでは、Mo/Siの交互積層膜が使用され、極めて高い精度でのスパッタリング制御が要求されます。
スパッタリングターゲットの主な製造メーカー
日本のメーカー
JX金属、東ソー、三井金属、東京電解、日立金属などが主要な製造メーカーとして知られています。これらの企業は、高品質なターゲット製造技術を持ち、特に高純度金属ターゲットや化合物ターゲットの分野で強みを発揮しています。例えば、JX金属は、タンタルターゲットの世界シェア70%以上を誇り、東ソーは、ITOターゲットで高いシェアを持っています。また、これらの企業は、ターゲットのリサイクル技術にも力を入れており、希少金属の有効利用に貢献しています。
海外のメーカー
Materion(米国)、Praxair(米国)、Plansee SE(オーストリア)、Honeywell(米国)、TOSOH SMD(米国)などが世界的に有名です。これらの企業は、グローバルな供給網を持ち、幅広い材料ラインナップを提供しています。例えば、Materionは、ベリリウムターゲットの主要サプライヤーとして知られており、Praxairは、反応性スパッタリング用のロータリーターゲットで強みを持っています。また、Plansee SEは、難融点金属(W、Mo、Ta)のターゲットで高い技術力を有しています。
新興メーカー
中国やアジア諸国の新興メーカーも台頭しており、市場シェアを拡大しています。例えば、寧波江豊電子材料(中国)、広東稀土産業集団(中国)、SAMコーテックグループ(韓国)などが挙げられます。これらの企業は、コスト競争力を武器に市場参入を果たし、特に汎用的なターゲット材料の分野で存在感を増しています。また、一部の企業は、希土類元素を含むターゲットなど、特殊な材料分野にも注力しています。新興メーカーの台頭により、市場競争が激化し、技術革新とコスト削減の両面で業界全体が活性化しています。
スパッタリングターゲットの製造プロセスと品質管理
原料精製と合金化
高純度金属粉末や化合物粉末を原料とし、不純物を極限まで除去します。例えば、半導体グレードの銅ターゲットでは、99.9999%(6N)以上の純度が要求されます。合金ターゲットの場合、精密な組成制御のため、真空溶解や粉末冶金法が用いられます。
成形と焼結
原料粉末を金型に充填し、数百MPaの圧力で圧縮成形します。その後、真空または不活性ガス雰囲気中で高温焼結を行い、緻密化と結晶粒成長を制御します。例えば、タングステンターゲットの場合、2000℃以上の高温で焼結を行います。
機械加工と表面処理
焼結体を精密加工し、要求される形状・寸法に仕上げます。大型ターゲットでは、CNC旋盤や放電加工機を用いた高精度加工が必要です。表面は、化学エッチングや電解研磨により清浄化され、スパッタリング特性を最適化します。
品質検査と特性評価
X線回折(XRD)による結晶構造解析、ICP-MSによる不純物分析、超音波探傷による内部欠陥検査など、多岐にわたる検査を実施します。また、実際のスパッタリング条件下での粒子放出特性や均一性評価も行われます。
最新のスパッタリング技術とターゲット開発
HiPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)
従来のDCマグネトロンスパッタリングに比べ、数桁高いピーク電力密度のパルスを用いることで、高イオン化率と高エネルギーのスパッタ粒子を生成します。これにより、緻密で平滑な薄膜形成が可能になり、特に硬質コーティングや光学薄膜の分野で注目されています。HiPIMS用のターゲットには、高い熱伝導性と耐エロージョン性が要求されます。
コンポジットターゲット
異なる材料を組み合わせたコンポジットターゲットの開発が進んでいます。例えば、ITO/Ag/ITOの多層透明導電膜を一度のスパッタリングで形成できるターゲットや、CIGSソーラーセル用のCu-In-Ga-Seクォータナリーターゲットなどがあります。これらのターゲットは、製造プロセスの簡略化と高機能薄膜の実現に貢献しています。
ナノ構造ターゲット
ナノ結晶構造や非晶質構造を持つターゲットの開発が進んでいます。例えば、ナノ結晶TiAlNターゲットは、従来の多結晶ターゲットに比べて均一性の高い硬質コーティングを形成できます。また、非晶質金属ターゲットは、特殊な磁気特性を持つ薄膜の形成に用いられています。
スパッタリングターゲットの環境・サステナビリティへの取り組み
希少金属のリサイクル
使用済みターゲットから希少金属を回収し、再利用するクローズドループリサイクルシステムの構築が進んでいます。特に、インジウムやタンタルなどの希少金属は、高効率なリサイクル技術の開発が重要です。例えば、ITOターゲットのリサイクル率は90%以上に達しています。
低環境負荷材料の開発
有害物質を含まない代替材料の開発が進んでいます。例えば、カドミウムを含まないZnS:Cu,Al青色蛍光体ターゲットや、鉛フリーの圧電体ターゲット(KNN系)などが実用化されています。また、希土類元素の使用量を削減した磁性材料ターゲットの開発も進んでいます。
製造プロセスの省エネルギー化
ターゲット製造時のエネルギー消費を削減するため、低温焼結技術や放電プラズマ焼結(SPS)法などの新しい製造方法が研究されています。また、スパッタリング装置自体の省エネルギー化も進んでおり、高効率な冷却システムや電源の開発が行われています。
スパッタリングターゲットの将来展望
次世代半導体デバイス向け材料
EUVリソグラフィの普及に伴い、極めて高い純度と均一性を持つターゲットの需要が増加しています。また、3D NANDフラッシュメモリの高積層化に対応した高アスペクト比成膜用のターゲット開発も進んでいます。さらに、ニューロモーフィックコンピューティング向けの相変化材料(GeSbTe)ターゲットなど、新しい用途に向けた材料開発も活発化しています。
フレキシブルエレクトロニクス向け材料
フレキシブルディスプレイやウェアラブルデバイスの普及に伴い、低温成膜可能で柔軟性のある薄膜材料が求められています。これに対応するため、ナノ粒子分散型ターゲットや、室温で高い移動度を示す酸化物半導体(IGZO)ターゲットなどの開発が進んでいます。
エネルギー・環境分野への展開
固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電極材料や、水素製造用の光触媒材料など、エネルギー・環境分野向けのターゲット開発が注目されています。また、熱電変換材料や超伝導材料など、新しい機能性材料のスパッタリング成膜にも期待が高まっています。
まとめ
スパッタリングターゲットは、エレクトロニクス産業の根幹を支える重要な材料であり、その技術革新は半導体やディスプレイなどの先端デバイスの進化を牽引しています。市場は着実に成長を続けており、特にアジア太平洋地域での需要拡大が顕著です。技術面では、新材料の開発や製造プロセスの改善が進んでおり、HiPIMSなどの新しいスパッタリング技術にも対応したターゲットの開発が進んでいます。
今後は、EUVリソグラフィやAI、IoTなどの新技術の普及に伴い、さらなる高純度化や新機能材料の開発が求められるでしょう。同時に、環境負荷の低減や希少金属の有効利用など、サステナビリティへの取り組みも重要になります。
エンジニアの皆様には、これらの動向を踏まえ、最適なスパッタリングターゲットの選択や新技術の開発に取り組んでいただくことが、今後の技術革新の鍵となるでしょう。スパッタリングターゲットは、ナノテクノロジーの最前線を支える重要な材料であり、その進化が私たちの未来のテクノロジーを形作っていくのです。
参考サイト
- GaNスパッタリングターゲット材を製造開始~半導体製造の低コスト化・省エネ化に貢献~東ソー
- 米国アリゾナ州で半導体材料工場の開所式を実施 | 2024年度 – JX金属
- 高純度銅スパッタリングターゲットの世界市場:産業分析
- スパッタとは | スパッタリングターゲット – JX金属
- スパッタリングターゲットならUSTRON(アストロン)
- スパッタリングターゲットの基礎知識 – KUNISAN.JP
- 半導体用スパッタリングターゲットの世界市場規模、シェア
- 世界のイッテルビウムスパッタリングターゲット市場規模、シェア
- 焼結法によるスパッタリングターゲット|日本マテリアル株式会社
- PVD材料の製造技術|三井金属PVDマテリアルズ株式会社
- スパッタリングターゲット | 豊島製作所
- スパッタリングターゲット | アルバック
- スパッタリングターゲット | 神戸製鋼所
- Sputtering Targets | Materion
- Sputtering Targets | Plansee