「MEMS(微小電気機械システム)」は、私たちの生活の中で目立たないながらも極めて重要な技術です。
スマートフォンの画面回転や自動車のエアバッグ展開など、さまざまな機能の裏にMEMSが存在しています。
本記事では、MEMSとは何か、どのように製造されているのか、そして最新の市場動向や製造技術の進化について、分かりやすく解説します。
MEMS製造プロセスの最新動向
- EV Group(EVG):300 mm対応GEMINI®ウェーハボンディングシステム発表
2025年3月、EVGが300 mmウェーハに対応した次世代GEMINI®ボンディング装置を発表。350 kNの高荷重ボンドチャンバーにより、大口径ウェーハの高品質接合と歩留まり改善を実現し、複数のMEMSメーカーにすでに納入済みという報道もあります。
- STMicroelectronics:「Lab-in-Fab」プロジェクト強化でPiezoMEMSの開発を加速
2025年6月、STがA*STAR、ULVACなどと連携し、シンガポールでPiezoMEMS向けの「Lab-in-Fab 2.0」構想を拡張。リードフリーの圧電材料や省電力アクチュエータ/センサーの量産プロセス確立を目指す体制を整備中です。
- ULVAC:PiezoMEMS開発プロジェクトでの技術提供を継続
2025年6月、ULVACが「Lab-in-Fab」プロジェクトへの参加を継続し、DepositionおよびEtching装置を提供する旨を発表。PiezoMEMSの実用化と製造技術の確立を支える枠組みとして期待されています。
- SkyWater Technology:インフィニオンAustin Fab(Fab 25)の買収完了
2025年6月、SkyWaterがインフィニオンのテキサス州オースティン工場(Fab 25、200 mmライン)を買収完了。400,000枚/年のウェーハ処理キャパシティを加え、DRIEやTSVなどのMEMS関連プロセスの量産基盤が強化されました。
- KLA社:英国ウェールズに約1.38億ドルのR&D・製造拠点開設
2025年5月、KLAがウェールズ・ニューポートに237,000平方フィート規模のR&D/製造センターをオープン。MEMSに必須のエッチング・堆積・欠陥検査技術の開発と生産キャパが強化される一手です。
MEMSとは?
MEMSの概要
MEMSは「Micro Electro Mechanical Systems」の略で、微細な機械要素と電子回路を単一基板上に集積したデバイスです。
センサーやアクチュエーターなどの機械構造と電子制御が一体化されており、小型ながら高機能な性能を発揮します。
MEMSの歴史と変遷
1960年代に、シリコンの異方性エッチングによる圧力センサーとしてMEMSの端緒が誕生
1980年代には表面マイクロマシニング技術で3D構造が可能となり、1990年代には加速度センサーを中心とした実用化が進展。
2000年代以降、スマートフォンやウェアラブルの普及に伴い、需要が急増してきました。
MEMS市場の最新動向
市場規模と成長予測
- 2024年の世界市場規模は約154億ドル、2025年には168億ドルに達する見込みです。
Edge AI and Vision Alliance マーケットリポート分析 - 2030年までに192億ドル、2036年には330億ドル超に成長とする予測もあります。GlobeNewswire
- 別の調査では2024年から2025年にかけて市場規模が200.7億ドルから223.4億ドルへと、年平均成長率(CAGR)11.3%で拡大するとされています。 The Business Research Company
主要プレイヤーとエコシステムの現況
- Boschが2024年に20億ドルのMEMS売上を達成し、前年比12%増で業界をリード。
Edge AI and Vision Alliance - シリコン関連成果として、STMicroelectronicsの「Lab-in-Fab」「iNEMO IMU」など高機能スマートセンシング技術が注目を集めています。GreyB
- 製造量としては2023年に約400万枚のウェハ処理が行われ、2029年には500万枚に増加すると予測されています。EE Times Europe
- 北米にも300mmウェハを扱うMEMSファウンドリの整備が進行中です(例:RVM社による施設建設)。GreyB
新素材・製造技術の進展
- ピエゾ薄膜(PZT)を用いたPiezoMEMSが、マイクロフォン・ガスセンサー・ARグラス・RFフィルター分野で重要な成長ドライバとなっています。The AI Journal
- 製造工程として、DRIE(深堀りRIE)や3Dナノプリント、ステレオリソグラフィ、マイクロステレオリソグラフィなど、複合的な微細加工技術が進展中です。
ウィキペディア+1
製造基準・サイバーセキュリティ動向
- 同時に、NISTサイバーセキュリティフレームワークに準拠した半導体製造用のセキュリティプロファイルも公開が始まりました。SEMI
- 2025年第1四半期に、SEMI団体が「SEMI MS15:MEMS製造準備レベルガイド」を発表。研究段階から量産までの開発成熟度を整理する標準を提供しています。
MEMSの製造プロセスの特徴
MEMSの最大の特徴は、立体的な構造を持つことです。
この立体構造を形成するために、以下の特殊な工程が用いられます。
基盤技術:マイクロマシニング(表面/バルク)
- 表面マイクロマシニング:犠牲層を使って梁や中空構造を形成。
- バルクマイクロマシニング:結晶異方性エッチングにより、ウェハを深く削って機械構造を作成。
特殊工程:犠牲層エッチング、異方性・等方性エッチング
MEMSの製造では、半導体製造とは異なる特殊なエッチング技術が用いられます。シリコン酸化膜などの犠牲層を利用し、立体構造をつくる工程。後に選択的に除去し、構造を解放。
結晶異方性エッチング
- シリコンの結晶面の違いを利用して、特定の形状を作成する技術。
- アルカリ水溶液を用いて、結晶面に沿って深く溶かして削ります。
- 精密な加工が可能で、特殊な製造装置が不要なため広く利用されています。
等方性エッチング
- 垂直方向と水平方向に同じ速度でエッチングが進む技術。
- フッ硝酸を用いて行われ、犠牲層の除去などに使用されます。
深掘りエッチング(Deep Reactive Ion Etching, DRIE)
MEMSデバイスでは、従来の半導体素子には見られない深く細い溝や高アスペクト比構造が求められます。これを実現するために利用されるのが「深掘りエッチング(Deep Etching)」です。
代表的な手法は 深掘り反応性イオンエッチング(Deep Reactive Ion Etching, DRIE) で、特にシリコン加工では「Boschプロセス」と呼ばれる方式が広く使われています。
Boschプロセスのサイクル
Boschプロセスは、以下のサイクルを高速に繰り返すことで、垂直に近い側壁を持つ深い構造を実現します。
- エッチング工程:SF₆ガスを用いてシリコンを垂直方向にエッチングする。
- 側壁保護膜形成工程:C₄F₈ガスを導入し、側壁にフッ素系ポリマー膜を堆積させる。
- 保護膜の選択的除去工程:プラズマを制御して底面のみ保護膜を除去し、再度エッチングを行う。
このサイクルを繰り返すことで、数百μm以上の深さを持つ、ほぼ垂直なエッチング形状を形成できます。
最新のDRIE技術動向
近年では、Boschプロセスの改良や新しいプラズマ源の導入によって、さらに高精度な加工が可能になっています。
- 低ラフネス化:側壁の「スキャロップ(ギザギザ)」を抑える技術が開発され、光学MEMSやマイクロ流体デバイスなど、高表面精度が要求される用途に適用可能。
- 高速加工:従来よりも数倍高速に深掘りできる装置が登場し、大規模量産に適したプロセスが確立されつつある。
- 高アスペクト比対応:従来の限界を超え、50:1以上のアスペクト比を持つ溝や穴の形成も可能になり、次世代MEMS構造への応用が進んでいる。
- 低ダメージプロセス:プラズマ損傷や熱ダメージを低減する技術が進化し、MEMSスピーカーやマイクロ流体デバイスの性能向上につながっている。
応用例
深掘りエッチングを活用することで、以下のようなMEMSデバイスが実現されています。
- 慣性センサー(加速度・ジャイロ):微細なバネ・質量構造を形成
- 圧力センサー:ダイアフラム下のキャビティを形成
- マイクロ流体チップ:数百μm規模の流路・反応チャンバーを作製
- 光MEMS:ミラーや導波路を高精度に形成
このように、深掘りエッチングはMEMSの立体構造を可能にする鍵となる加工技術であり、今後も進化が期待される分野です。
接合技術のバリエーション
異なる材料を組み合わせるために、以下のような多様な接合方式が使われます:
- 陽極接合(Anodic Bonding)
- シリコンとガラスを高温(300〜500℃)で加熱し、電圧を印加して接合する方法。
- 強固で気密性の高い接合が可能。圧力センサーや加速度センサーでよく利用される。
- 直接接合(Direct Bonding / Fusion Bonding)
- 表面を原子レベルで平滑化・清浄化したシリコン同士を加熱して接合する方法。
- 高い強度と気密性が得られる。異種材料を使わないため、純度の高い構造が実現できる。
- 金属接合(Metal Bonding)
- Au-Si、Au-Sn、Cu-Cu などの金属を介して接合する技術。
- 熱圧着、ろう付け、拡散接合など多様な手法がある。
- 電気的導通を確保しやすく、パッケージングやインターポーザ接続に多用される。
- 低融点ガラス接合(Low-Temperature Glass Bonding)
- 低融点ガラスペーストを用い、比較的低温(400℃以下)で接合する技術。
- 材料適合性が広く、気密性も確保できる。
- センサー封止などで利用。
- ポリマー接合(Polymer Bonding)
- エポキシやポリイミドなどの有機材料を接着剤として用いる方法。
- 低温プロセスが可能で、柔軟性・低コストに優れる。
- ただし、耐熱性や気密性は無機系接合に劣る。
- 堆積接合(Deposition Bonding)
- CVDやスパッタリングで形成した薄膜(金属、酸化膜、窒化膜など)を介して接合する技術。
- 薄膜そのものが接合材として働くため、微細構造やMEMSチップの積層に適する。
- 異種材料や複雑構造に対応可能。
最新のマイクロファブ技術と3Dプリント応用
- 3Dナノプリントにより、複雑なマイクロオプトカル構造(例:可動レンズアクチュエーター)のモノリシック製造が進展。
- マイクロ転写プリントの高度な応用により、ヘテロな材料統合や多層積層が可能になり、複雑な電子・フォトニクス統合に貢献。
Monolithically 3D nano-printed mm-scale lens actuator for dynamic focus control in optical systems
MEMS技術を利用した主な製品
MEMS製品 | 概要 |
---|---|
加速度センサー | 物体の加速度を検出するセンサー。スマートフォンの画面回転や自動車のエアバッグ展開などに使用される。コンボセンサ(加速度、ジャイロ、磁気コンパス) |
ジャイロセンサー | 角速度を検出し、物体の回転や向きを測定するセンサー。ナビゲーションシステムや自動車の車体安定制御などに利用される。 |
圧力センサー | 気体や液体の圧力を検出するセンサー。血圧計、タイヤ空気圧モニタリングシステム(TPMS)、高度計などに使用される。 |
マイクロフォン | 音を電気信号に変換するデバイス。スマートフォンや補聴器に搭載されている。 |
インクジェットプリンターヘッド | 微小なインク滴を噴射して印刷を行うデバイス。高精細な印刷を可能にする。 |
デジタルミラーデバイス(DMD) | 多数の微小なミラーを制御して画像を投影するデバイス。プロジェクターやディスプレイに使用される。 |
磁気センサー (磁力計) | 磁場の強さと方向を検出するセンサー。電子コンパスやナビゲーションシステムに利用される。 |
光スイッチ | 光信号を切り替えるデバイス。光通信ネットワークで使用され、高速かつ低損失な信号切り替えを実現する。 |
フローセンサー | 気体や液体の流量を測定するセンサー。医療機器や自動車のエンジン制御などに使用される。 |
MEMS振動子 | 高精度な時間や周波数の基準を提供するデバイス。通信機器や計測機器に使用される。 |
SAWフィルター | 弾性表面波を利用した高周波フィルター。スマートフォンなどの移動体通信機器で、必要な周波数帯域を選択的に通過させる役割を果たす。 |
BAWフィルター | バルク音響波を利用した高周波フィルター。SAWフィルターよりも高周波帯域で使用され、スマートフォンのRFフロントエンドモジュールに使用される。 |
MEMS スピーカー | 超小型・軽量・省エネルギーなスピーカー。ウェアラブルデバイスや車載オーディオシステムに使用される。 |
指紋認証センサー | スマートフォンなどのセキュリティ機能に使用される小型の指紋スキャナー。 |
マイクロミラーアレイ | 光を反射・制御するための微小なミラーの配列。ヘッドアップディスプレイ(HUD)や光スイッチングに使用される。 |
慣性計測ユニット(IMU) | 加速度センサー、ジャイロスコープ、磁力計を組み合わせたデバイス。ナビゲーションや姿勢制御に使用される。 |
ガスセンサー | 特定のガスの濃度を検出するセンサー。環境モニタリングや産業用途に使用される。 |
マイクロポンプ | 微量の液体を正確に制御して送り出すデバイス。医療用途や化学分析に使用される。 |
熱センサー | 温度変化を検出するセンサー。サーモスタットや火災警報器に使用される。 |
光学式画像安定化(OIS)デバイス | カメラの手ブレを補正するためのアクチュエーター。スマートフォンカメラに使用される。 |
これらの追加されたMEMS製品は、さまざまな分野で革新的な機能を提供し、デバイスの小型化、高性能化、省エネルギー化に貢献しています。
まとめと今後の展望
MEMSはその小ささにも関わらず、現代を支えるセンシングとアクチュエーションの基盤技術です。
製造面では、高アスペクト比構造、ナノプリント、マイクロ転写など新技術の融合により、さらなる高性能化が期待されます。
市場も2025年〜2030年にかけて年率8~12%の成長が続く見込みで、BoschやSTMicroelectronicsなどがその推進役です。
さらに、製造標準化およびサイバーセキュリティへの対応も進み、量産化や品質保証の整備が進んでいます。
今後、MEMSは自動車、通信、医療、IoT、産業制御など多分野で革新を牽引する存在となるでしょう。