北海道の雄大な自然と広大な土地に、世界最先端の技術集積地が誕生しようとしています。
千歳市を核として石狩市から苫小牧市にわたる道央エリアを半導体関連産業の一大拠点に変えようとする「北海道バレー構想」が、着実に形を成してきました。
2025年2月現在、この壮大な計画は単なる構想から現実へと変貌しつつあります。
千歳市で進むRapidus(ラピダス)の次世代半導体工場建設は、日本の産業政策における最重要プロジェクトの一つとなっており、北海道の未来を大きく変える可能性を秘めています。
本記事では、北海道バレー構想の最新動向から背景、関連企業、そして将来性まで徹底解説します。
北海道バレー構想とは:壮大なビジョンの全体像
北海道バレー構想とは、北海道千歳市を中心に石狩市から苫小牧市にまたがる道央エリアの縦のラインを、半導体に代表される先端技術の集積地にしていくという壮大な計画です。この構想を提唱したのは、次世代半導体の開発・製造を目指すRapidus(ラピダス)社の小池淳義社長です。
2023年5月22日に千歳市内で開催された同社初のプロジェクト説明会で、小池社長はこの「北海道バレー構想」を掲げました。この説明会には定員1,400名の席が瞬く間に埋まるなど、地元の関心の高さがうかがえました。
この構想は、単に半導体工場を建設するだけでなく、半導体製造、研究開発、人材育成などの複合拠点を実現することを目指しています。
北海道経済部産業振興局では、この取り組みの指針となる「北海道半導体・デジタル関連産業振興ビジョン」を策定し、2024年から2033年までの10年間を計画期間とし、最初の5年間を重点期間と位置付けています。
北海道経済連合会会長の藤井裕氏も2025年の新年挨拶で、「当会では、半導体やデータセンターなどデジタル関連産業の集積を通じ、『北海道バレー構想』の実現に取り組んでいきます」と明言しており、産業界を挙げての支援体制が整いつつあります。
ラピダスの千歳プロジェクト:次世代半導体製造の最前線
北海道バレー構想の中核となるのが、千歳市で進むRapidus(ラピダス)の次世代半導体工場建設です。ラピダスは2022年8月、ソニーやトヨタ自動車など国内大手企業8社(キオクシア株式会社、ソニーグループ株式会社、ソフトバンク株式会社、株式会社デンソー、トヨタ自動車株式会社、日本電気株式会社、日本電信通話株式会社、株式会社三菱UFJ銀行)が出資して設立されました。米国のIBMやベルギーの半導体研究機関「imec(アイメック)」などと連携し、2ナノメートル(ナノは10億分の1)という極めて微細な「ロジック半導体」の量産化を目指しています。
建設が進む工場は「IIM」(イーム)と呼ばれ、2023年9月に1棟目が着工しました。建築面積は東京ドーム約1.15個分に相当する約5万4000平方メートルという巨大なものです。この工場では、2025年1~3月期の試作ライン(パイロットライン)稼働、2027年4月の量産開始を計画しています。
千歳市が選ばれた理由としては、半導体製造に不可欠な大量の水が確保できること、空港に近接していることで物流環境が良いこと、そして再生可能エネルギーが豊富なことが挙げられています。特に、電力を制御したり変換したりする半導体は多様な製品に搭載されており、生成人工知能(AI)や車の自動運転技術の進展などで最先端半導体のニーズはさらに高まる見込みです。
2ナノメートルという微細な半導体は、ウイルスや花粉よりも小さいサイズです。北海道大学量子集積エレクトロニクスセンターの葛西誠也教授によれば、これらの次世代半導体は消費電力が大幅に低下することが期待されており、「現在スマートフォンは毎日充電する必要があるが、1回充電したら1~3年使えるようになる」可能性があると予測されています。
国内外の企業参入:広がる北海道バレーの裾野
ラピダスの半導体工場建設は、多くの関連企業の北海道進出を促しています。すでに、米国の半導体製造装置メーカー「ラムリサーチ」や、オランダの半導体製造装置大手「ASML」などが千歳市内などに拠点を置く意向を示しています。
また、ラピダスに出資しているソフトバンクは、千歳の隣接地である苫小牧市に日本最大級のデータセンターを建設することを発表しました。2026年度の開業を目指しており、北海道内の再生可能エネルギーを100%利用するグリーンデータセンターとして運用される予定です。
さらに、石狩市内では環境に優しい省エネルギーな郊外型データセンターの集積が進んでいます。さくらインターネット株式会社の「石狩データセンター」(2011年)をはじめ、京セラコミュニケーションシステム株式会社の「ゼロエミッション・データセンター」(2024年完成予定)、株式会社ブロードバンドタワーの「石狩再エネデータセンター」(2026年完成予定)など、複数のプロジェクトが進行中です。
物流面においても準備が進んでおり、NIPPON EXPRESSホールディングスは北海道での半導体物流サービスの体制を整えています。同社の北海道営業部部長は、「NX-TECH Hokkaido」は恵庭エリアでは唯一の大型物流施設であり、北海道バレー構想による高付加価値の貨物を取り込むことが可能だと強調しています3。
官民一体の推進体制:北海道バレー構想を支える組織
北海道バレー構想の実現に向けては、官民一体となった推進体制が構築されています。2024年6月中旬には、自民党内に「ラピダスプロジェクトを起点とする北海道バレー構想推進議員連盟」が設立されました。元経済産業大臣の甘利明氏が会長、麻生太郎副総理が最高顧問に就任し、和田義明議員が事務局長を務めています。
和田議員は、「北海道に『富』と『知』を積み上げる」という使命のもと、北海道バレーのビジョン作成と実現に向けて活動しています。2024年3月中旬には、石狩管内市町村を主体とする北海道バレーの勉強会が立ち上げられました。
この勉強会には、経済産業省や国土交通省などの関連省庁、北海道、札幌市がオブザーバー参加しており、アドバイザーとしてラピダス、東京エレクトロン、NTT、NEC、日本通信、北海道エアポート、三菱商事、三菱電機、ラムリサーチ、北海道大学、北海道文教大学、千歳科学技術大学、北海道銀行、北洋銀行が参画しています。
北海道においても、ラピダス対応の「次世代半導体拠点推進室」が2023年4月に新設され、専従15人、兼務20人の合計35人体制で業務にあたっています。千歳市内の工業団地には100以上の企業から立地に関する相談があり、新たな工業団地の造成も検討されています。
経済効果と地域への影響:北海道経済の構造転換
北海道バレー構想の実現による経済効果は極めて大きいと予測されています。経済産業省の試算によれば、今後10年ほどの経済波及効果は最大で18兆円を上回るとされています。これは北海道内総生産の増加や消費の拡大、雇用の創出などにつながることが期待されています。
北海道は従来、農産品など一次産品の比率が高く、作柄や天候によって業績が大きく左右されやすい経済構造でした。NIPPON EXPRESSホールディングスの担当者は「半導体関連という安定収入が見込める今回の事業への期待は大きい」と述べています。同社は「半導体や風力発電などの再生エネルギー、バイオマスなどに関連する物流を取り込み、農産品に次ぐもうひとつの柱をつくって業績が大振れしない体制を築きたい」という展望を示しています。
また、北海道は二次産業の比率が17.6%と全国平均の26.5%に比べて低く、大規模な雇用を作り出す上で長年課題が指摘されてきました。北海道バレー構想は、この産業構造を大きく変える大きなチャンスとみなされています。
人材育成の動きも進んでおり、道内4カ所(旭川、釧路、苫小牧、函館)の工業高等専門学校は2024年4月以降、産学官連携で半導体を学ぶ新科目を立ち上げる予定です。道外流出の多かった理系人材に半導体産業の魅力を伝える狙いがあります。
課題と展望:北海道バレー構想の将来像
一方で、北海道バレー構想には課題も存在します。最も懸念されているのは、人材や資源が道央圏に集中することによる地域間格差の拡大です。北海道議会の浅野貴博議員は、「短期的に見て、働き手が道央圏に集中してしまうのではないかという地元の皆様から寄せられる懸念についても大いに共感し、危機感を共有しております」と述べています。
また、北海道の人口減少・人材不足も大きな課題です。北海道の人口はピーク時の1997年から約60万人減少し、2024年には510万人を割り込みました。今後も全国を上回るスピードで減少が進み、2040年に432万人、2050年には382万人にまで減少すると予測されています。半導体産業の集積によって人材需要が高まる一方で、供給面での懸念が残ります。
さらに、量産開始後の具体的な見通しについても「見えない部分も多く慎重にならざるを得ない」との声も上がっています。
しかし、これらの課題を乗り越え、北海道バレー構想が実現すれば、北海道だけでなく日本全体にとって大きな意義を持ちます。日本経済新聞の編集委員である太田泰彦氏は、「ラピダス社の北海道進出は大きなチャンス。道民がそれを認識して大志を持って支えていくことが大切」と語っています。
半導体は現代社会に欠かせない技術であり、世界各国がしのぎを削る中、日本、アメリカ、韓国、台湾といった自由と民主主義を旨とする国々が手を取り合って技術開発を進めることは、世界の平和と安定にも良い影響をもたらすと期待されています。
北海道葛西誠也教授が「日本は、食料自給率よりも半導体自給率は低い。北海道で半導体を製造するということは、日本はもちろん世界に貢献することになる」と指摘しているように、北海道バレー構想は単なる地域振興策を超えた国家戦略的な意義を持っています。
まとめ
北海道バレー構想は、単なる半導体工場の誘致ではなく、北海道の産業構造を根本から変える可能性を秘めた壮大なプロジェクトです。
ラピダスの2ナノメートル半導体生産を核として、関連企業の集積、データセンターの構築、研究機関の設立、人材育成の強化など、多面的な取り組みが進められています。
2025年にはパイロットラインが稼働し、2027年には量産が始まる見込みで、プロジェクトは着実に進行しています。官民一体となった支援体制も構築され、北海道の未来を変える大きな原動力となることが期待されています。
人口減少や地域間格差といった課題はあるものの、北海道バレー構想の実現は北海道に新たな産業の夜明けをもたらすでしょう。かつて「サッポロバレー」と呼ばれたIT産業の集積地が札幌に形成されたように、今度は半導体を中心とした「北海道バレー」が道央エリアに形成されようとしています。
この壮大なプロジェクトの進展を、今後も注目していく必要があります。
参考サイト
- 官民一体で先端半導体の国産化へ、熊本に続き北海道千歳市でも来年稼働に向け工場建設進む
- 白樺の原野に咲く夢――ラピダス「北海道バレー構想」へ地元の期待と課題
- 北海道の半導体物流サービス、着々と体制構築=NXHD
- ラピダス社の進出並びに北海道バレー構想が北海道の地方創生にどのような効果をもたらすか?
- 北海道・千歳は半導体でどう変わる? ラピダスによる「次世代半導体製造拠点の整備」について学ぶ
- 【和田よしあき国会だより2024.7.8】
- 和田義明氏インタビュー
- 参考資料6サッポロバレー
- いま、北海道があちぃ!
- 苫小牧市の経済発展に関する有識者懇談会報告書
- 2025年頭 会長ご挨拶
- 北海道半導体・デジタル関連産業振興ビジョン
- 次世代半導体で北海道の未来が変わる ラピダス効果と“北海道バレー構想”
- 日経新聞トピックスーラピダス
- ラピダス社長「北海道バレー構想進める」千歳市で説明会
- ラピダス社長、2030年までに「北海道バレー」実現に意欲