シリコンカーバイド(SiC)パワー半導体が、電力変換効率の向上と省エネルギー化を実現する次世代デバイスとして注目を集めています。本記事では、SiCの基本的な特性から最新の市場動向、主要な用途、技術的課題まで、包括的に解説します。
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三菱電機は2024年11月14日から、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)などの電動車(xEV)向けSiC-MOSFETチップのサンプル提供を開始しました。同社独自の構造を採用したトレンチ型SiC-MOSFETにより、従来のプレーナー型と比較して電力損失を約50%低減し、xEVの航続距離延伸や電費改善に貢献します。
富士経済の調査によると、パワー半導体市場は2023年の3兆1739億円から2035年には7兆7757億円規模に成長すると予測されています。特にSiCなどの次世代パワー半導体の構成比率が2035年には約45%まで高まると見込まれています。
ロームは、SiCパワー半導体の生産能力を現在の35倍に拡大する計画を発表しました。この拡大により、急増する需要に対応し、市場シェアの拡大を目指します。
SiCとは?
SiCの基本構造
SiC(シリコンカーバイド)は、シリコン(Si)と炭素(C)の化合物半導体です。結晶構造は、シリコンと炭素原子が交互に結合した六方晶系または立方晶系を取ります。この独特な結晶構造が、SiCの優れた物性を生み出す源となっています。
SiCの物性的特長
SiCは、従来のシリコン半導体と比較して、以下の優れた特性を持っています:
- 大きなバンドギャップ:Siの約3倍
- 高い熱伝導率:Siの約3倍
- 高い絶縁破壊電界強度:Siの約10倍
これらの特性により、SiCは高温・高周波・高電圧環境下での動作に適しており、パワーデバイスの性能向上に大きく貢献します。
SiCの利点
SiCパワー半導体の主な利点は以下の通りです:
- 低オン抵抗:電力損失の低減
- 高温動作:冷却システムの簡素化
- 高速スイッチング:高周波動作による小型化
- 高耐圧:同じ耐圧でより薄いチップ設計が可能
これらの特長により、SiCデバイスは機器の小型化、軽量化、高効率化を実現し、CO2排出量の削減にも貢献します。
SiCの市場規模
現在の市場規模
2023年のSiCパワー半導体市場は、前年比63%増の3870億円に達しました。この急成長は、自動車・電装向けやエネルギー分野での旺盛な需要に支えられています。
将来の市場予測
富士経済の調査によると、SiCパワー半導体市場は2035年には3兆1510億円規模に成長すると予測されています。これは、2023年の市場規模の約8倍に相当し、年平均成長率(CAGR)で約18%の成長が見込まれています。
市場成長の要因
SiC市場の急成長の主な要因は以下の通りです:
- 電気自動車(EV)の普及拡大
- 再生可能エネルギーの導入増加
- 産業機器の高効率化ニーズ
- 5G通信インフラの整備
特に、自動車産業におけるEVシフトが、SiCパワー半導体の需要を大きく牽引すると予想されています。
SiCの主な用途
自動車産業
SiCパワー半導体は、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)のインバーター、DC-DCコンバーター、オンボードチャージャーなどに広く採用されています。SiCデバイスの使用により、車両の航続距離延長、充電時間の短縮、車両の軽量化が実現します。
産業機器
工場の生産ラインや大型設備で使用されるモーター制御、インバーター、UPS(無停電電源装置)などにSiCパワー半導体が採用されています。高効率化と小型化により、省エネルギーと設備のコンパクト化に貢献します。
エネルギー分野
太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーシステム、スマートグリッド、電力変換装置にSiCパワー半導体が使用されています。高効率な電力変換により、エネルギーロスの低減と系統安定化に寄与します。
SiCの主な種類
SiC MOSFET
SiC MOSFETは、高速スイッチングと低オン抵抗を特徴とするパワーデバイスです。主に中高耐圧領域(600V~3.3kV)で使用され、EVのインバーターや産業用モーター制御などに適しています。トレンチ構造の採用により、さらなる性能向上が図られています。
SiCショットキーバリアダイオード(SBD)
SiC SBDは、高速スイッチングと低順方向電圧降下を特徴とするダイオードです。シリコンのPNダイオードと比較して、逆回復損失が極めて小さく、高効率な電力変換を実現します。EVの充電システムや太陽光発電のパワーコンディショナーなどに使用されています。
SiC JFET
SiC JFETは、ノーマリーオン型とノーマリーオフ型があり、高温動作に優れた特性を持ちます。特に、宇宙用途や極限環境下での使用に適しています。ただし、駆動回路の複雑さから、MOSFETほど広く普及していません。
SiCの技術的な課題
結晶品質の向上
SiCウェハの結晶欠陥(マイクロパイプ、基底面転位など)の低減が課題となっています。結晶品質の向上は、デバイスの信頼性と歩留まりの改善に直結します。現在、エピタキシャル成長技術の改良や新たな結晶成長方法の開発が進められています。
コスト削減
SiCデバイスの製造コストは、従来のシリコンデバイスと比較してまだ高価です。ウェハの大口径化(現在は6インチが主流)、製造プロセスの効率化、歩留まりの向上などを通じて、コスト競争力の強化が求められています。
信頼性の確保
SiCデバイスの長期信頼性、特に高温・高電界下での動作安定性の確保が課題です。ゲート酸化膜の品質向上、界面特性の改善、パッケージング技術の高度化などが進められています。三菱電機は独自のゲート酸化膜製法により、長期使用における品質安定性を実現しています。
SiCのトップシェアメーカー
- Wolfspeed(米国)
Wolfspeed(旧Cree)は、SiCウェハからデバイスまでの一貫生産体制を持つ世界最大のSiCメーカーです。特に、自動車向けSiCデバイスで強みを持ち、多くの自動車メーカーとの提携を進めています。 - Infineon Technologies(ドイツ)
Infineonは、幅広いパワー半導体ポートフォリオを持つ世界有数の半導体メーカーです。SiC MOSFETやSiC SBDなど、高性能なSiCデバイスを提供しています。 - ローム(日本)
ロームは、日本を代表するSiCパワー半導体メーカーです。独自のウェハ製造技術から製造プロセス、パッケージングまで一貫した開発・生産体制を構築しています。最近では生産能力を35倍に拡大する計画を発表し、グローバル市場でのシェア拡大を目指しています。
まとめ
SiCパワー半導体は、高効率・高性能な次世代デバイスとして、自動車、産業機器、エネルギー分野など幅広い用途で急速に普及が進んでいます。市場規模は2035年に3兆円を超える見込みであり、今後の技術革新と生産能力の拡大が期待されます。一方で、結晶品質の向上やコスト削減、長期信頼性の確保など、克服すべき技術的課題も残されています。日本企業も含めたグローバルな競争が激化する中、SiC技術の進化が省エネルギー社会の実現に大きく貢献することは間違いありません。